2021年の干支は、十干が「辛(かのと)」、十二支が「丑(うし)」の「辛丑(かのと・うし)」で“相生”という相手を強める影響をもたらす関係であり、痛みを伴う幕引きと新たな命の息吹が互いを生かし合い強め合うことを意味する転換期の年となると言われています。まさに本格的なNew normal時代になることが予感されます。今回はNew normal時代の外科医や外科同門会のあり方を皆さんと考えてみたいと思います。
New normalとは
“New normal”という言葉は、ITバブル後の2003年頃のアメリカの状況を指してベンチャーキャピタル運営者のロジャー・マクナミーが使い出したものです。2007年から2008年にかけての世界金融危機後に、経済学者や政策決定者たちの楽観論に警鐘を鳴らす議論の文脈から登場したもので、リーマン・ショックの前後で生じた避け難い構造的な変化を経て、新たな常態・常識が生じているという認識に立った表現といわれています(Wikipedia)。すなわち社会全体に大きな影響を及ぼす出来事が起こった際、これまでの常識が通用しなくなるような変化に対応するために生まれた新常識がNew normalなわけです。まさにCOVID-19のパンデミックをきっかけに未曽有の社会変化が起こり、リモートワークの急速な広がり、ビジネスモデルの変革やDX(デジタルトランスフォーメーション:社会の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセスなどを変革し、競争上の優位性を確立すること(経済産業省「DX 推進指標」とそのガイダンス))などが急速に進んできた現在を指す言葉として再び用いられるようになりました。
New normalと働き方改革
5GやICT(Information and Communication Technology)を含むDXは、情報共有の簡素化やイノベーションの加速によって、これまでの業務の効率化や働き方改革を推進すると考えられています。しかしながら、我が国の現状は、2019年の日本の時間当たり労働生産性(就業1時間当たり付加価値)は48ドルで米国(77ドル)の約6割の水準に相当し、順位はOECD加盟37カ国中21位、主要先進7カ国ではデータが取得可能な1970年以降、最下位の状況が続いています(公益財団法人 日本生産性本部)。さらに日本人の有給休暇取得率は世界19ケ国中4年連続で最下位という生産性が低いことを裏打ちするデータがあります(Expedia 「有給休暇国際比較2019」)。最近のアンケートによれば、コロナ禍で注目されているリモートワークですが、「リモートワークに満足している」と答えた人は約6割に留まった一方、「効率が下がった」と答えた人は7割に上っているという、本来DXにより理想的な形になるとの期待に反するデータが報告されています(日本生産性本部の調査2020年)。我が国においては仕事に関してさらに効率化・生産性を向上させることが働き方改革を進めるうえで大きな課題であることが分かります。したがって我々はNew normal時代において、DXによりメリハリをつけた外科医の働き方改革を進めていく必要があると思います。例えば、ICTを駆使したタブレットやロボットの利用(動画による情報提供など)により手術前の説明を行うといった方法で患者説明にかかる時間を削減し外科医の働き方改革につなげることも可能かもしれません。さらに医療分野でDXにより期待できることとして、オンライン外来診療(遠隔医療)、遠隔診断支援や遠隔手術支援などがあり、地方都市の外科医としてはその中でもロボットを使った手術支援の早期の実現を望みたいところです。
New normalと外科同門会
外科同門会総会のあり方に関しては、昨年は全国の緊急事態宣言下のために急遽、開催を断念しましたが、New normal時代には新たな形での開催が必要と考えています。新たな形式に関しては、1月に開催した徳大病院安全管理部の池本特任教授のハイブリッド祝賀講演会が参考になると考えています。その会では、病院感染制御部の東先生にも監修いただき人数制限や徹底した会場での感染対策ならびに体調チェックアプリの入力義務化などによる体調管理の厳格化を行いました。また、祝賀会本来の意味・役割の明確化に関しては、会食がなくても本来の“みんなで喜びを分かち合う”という趣旨を明確にし、リモートで参加してもらえる人達には参加する価値が感じられるよういろいろと工夫を行い、すべての参加者に楽しんでもらうことを目指しました。会食こそありませんでしたが、これまでの祝賀パーティと何ら変わらない、あるいはより素晴らしい有意義な会が開催できたと思っています(図1)。これからはこのような形式が当たり前になると確信しています。
新たな外科医のリクルートに関しては、昨年は外科一体となって、合同のオンライン外科説明会を行うことができました。これも後の食事会・飲み会はありませんでしたが、それぞれの教室が発表に工夫を凝らし、一致団結して共同作業として会を開けたことは素晴らしいことであったと思っています(図2)。参加してくれた学生や研修医の感想なども考慮し、是非とも今後も続けていきたいと考えています。さらにこれまで同門会の時に行っていた医学部生・研修医・若手外科医のためのハンズオン研修に関しても、3密を避けるべく携帯型のドライボックスを用いたオンラインハンズオンセミナーといった新たな試みを模索しています。実際には携帯用のボックスと鉗子などを参加者にあらかじめ送っておいてオンラインで解説ならびに指導を行うような仕組みと受講者のモチベーションを上げる工夫ができないか考えています。
また卒前教育においても授業・実習のオンライン化という大きな変化があり、実際、臨床実習で徳島大学のクラスターが発生しBCPレベルが3になった際には、学生が大学に出てこられなくなりました。医療は本質的に人と触れ合う仕事であり実習はまさにそのトレーニングであるにもかかわらず、オンライン化となったことにより大きな弊害を感じました。しかしWEBで実習の代替授業(手術ビデオ供覧による手術手順の記載、回診動画の感想文など)を行い、試問もオンラインランチ試問として学生たちと一緒にWEBでランチしながら(お茶で乾杯)行いました。New normalと考え、これまでの常識を捨ててしまえばコロナ禍でも案外楽しんで学生たちとの絆を強めることができました(図3)。こういった発想の転換もリクルートにうまく利用できたらと考えています。
New normalとリーダー
最後にNew normal時代のリーダーのあり方について考えてみたいと思います。皆さんもご存じのように、コロナ危機に際して見事なリーダーシップを発揮したニュージーランドのアーダーン首相やドイツのメルケル首相たちの共通点に関して、経済協力開発機構の村上由美子所長は、「科学的な根拠に基づいた対策」、「コミュニケーション力」、そして「共感力」の3つを挙げて、特に危機に直面しているときは、リーダーが高いコミュニケーション力と共感力を示すことが重要だと指摘しています。我が国の状況を鑑みるに、まさしく“自分の言葉で話し共感を与える”ことのできるリーダーシップの重要さを痛感します。さらに経営者JP社長の井上和幸氏は、オンライン時代のリーダーには「明確な言葉」と「キーワード力」がより一層必要となると説いています。なぜならリモートワーク化に伴い、これまでの「雰囲気」や「ニュアンス」一辺倒のマネジメントは効かなくなっているからです。これらのキーワードは密接に関係しあっているように感じますし、これらのNew normal時代にはシニアの私たちのみならずこれからリーダーとなる皆さんにとっても極めて重要なメッセージと考えています。
毎回書いていますが、これからの時代の主役は若い皆さんです。New normal時代においても中心となって益々活躍されることを祈念しています。
“Young surgeons, the scholars may surpass the master!”
『出藍之誉』
図1 池本特任教授(安全管理部)就任講演会
図2 オンライン外科同門会合同医局説明会
図3 オンラインランチ試問(お茶で乾杯)
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